囃子方と祇園囃子

◆囃子の譜

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祇園囃子の譜は、函谷鉾ではB三サイズぐらいの和紙に●と▲で描かれて、浅い鍋の底のような鉦の●が真ん中打ちで、左右に並ぶ ▲の左が下縁打ちで右が上縁打ちである。これが上から下に行を変えて書かれており、太鼓が入るときは赤色の●で、笛が入る場合は「ヒータウラー」などの符丁が書かれている。これに掛け声や一遍囃子後の指示が、例えば繰り返し囃子する場合は「カヘシ」、次の指定曲に入る場合は「常目一遍で萬歳へ」などと書かれている。鉦方はこの譜を見ながら打つとともに間や速さを体で覚える。中学生以上になると譜は見せない。鉦の譜は各鉾で独特である。笛は旧来のものは符丁のみ書かれていて、こぶしの利かせ具合や伸ばし具合は体で覚える。太鼓の譜は元々なく、体で覚えていたが、平成八年に太鼓方指導者により鉦、笛、太鼓の総譜形式で考案された。

◆出張囃子

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祇園囃子を奏する各鉾、山には出張囃子の依頼も数多い。函谷鉾で記録にある主なものは、戦後まもないころの松竹、大映映画の録音、ラジオでの生演奏などから、昭和四十五年(一九七〇)大阪万博、同四十六年(一九七一)亀山市太鼓まつり(三重県)、同五十四年(一九七九)NHK「民謡をあなたに」(大阪府堺市)、同五十五年(一九八〇)フジテレビ「和宮御留」(太秦、映画村)、平成二年(一九九〇)琵琶湖疎水竣工百周年記念行事(蹴上浄水場、疎水舟上)、同六年(一九九四)平安建都千二百年記念行事(記念広場、八坂神社)、青年会議所世界大会(神戸市)など。最近では平成十四年(二〇〇二)八坂神社本殿修復竣工記念奉納囃子、同十七年(二〇〇五)テレビ朝日「祇園囃子」完成レセプション(東京)、全国山・鉾・屋台保存連合会総会(京都市)、平成十九年(二〇〇七)全国国民文化祭(徳島県)などがある。出張囃子は商業的宣伝に乗らず、鉾上ではなく眼前の観衆に対しての演奏は技術と精神面を鍛える絶好の機会であり、楽しい想い出にもなっている。また、出張囃子ではないが昭和四十四年(一九六九)には俳優の大村昆が巡行で四条河原町まで鉾上、鉦方の先頭の位置に座し、テレビ中継によりその年の山鉾巡行を盛り上げた。

◆チマキ投げ

38.ちまき投げ.jpgちまき投げは鉾上の囃子方と観衆を結ぶ巡行中で唯一のパフォーマンスであり、炎天下、巡行を見に来る観衆の楽しみの一つであった。八坂神社元宮司は「鉾に集まった穢れや災いをちまきに込めて投げることによって福に転化し厄除けのお守りとなる」とおっしゃられ、鉾の上には数千本のちまきが載せられていた。ちなみに投げられるちまきは囃子方各自が自己負担で持ち込んでいた。昭和五十一年(一九七六)に他鉾ではあるが囃子方の投げたちまきが観客の目に当る事故があり、ちまき投げは一旦自粛された。本数を制限して復活したが同五十七年(一九八二)これも他鉾ではあるがちまきを取ろうとした人に押されてご婦人が転倒、骨折された。この事後処理の関係もあり同五十八年(一九八三)より全面自粛され、現在に至っている。チマキ投げは良き伝統であり、なんとか復活の道を探ろうと保険と法律の専門家を交え方策を探り、事故の際の刑事責任は状況によるが、保険の引き受け会社はあるのでその費用分担、投げる場所の限定と周知、投げる際の通告と合図などの徹底で復活は夢ではない。

◆函谷鉾祇園囃子

T一.出鉾囃子(二十三分二十九秒)
収録曲:「地囃子(曳きだし)」「出鶴」「地囃子」「小松」「楽」「唐子」「白山」「地囃子(渡り)」「松」「流し」「若」
T二.戻り囃子(十九分二十一秒)
収録曲:「地囃子(筑紫)」「常目―萬歳」「巴、一二三」「若葉、小横」「函谷―美登里」「榊―初音」「鶴―朝日」「竹―流し(渡り)」「若」
T三.納め囃子(辻回し曲含む、十九分五十一秒)
収録曲:「地囃子(筑紫)」「亀―四季、横」「翁。霞―」「地囃子(筑紫)」「千鳥」「流し(渡り、筑紫)」「若(三遍)」「納め囃子(五遍)」

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