龍源寺墓参

明治五年(1872)鉾巡行の帰途、旧巡行路の烏丸仏光寺上ルあたりで、臼井松之助という十五才の少年が粽を拾おうとして鉾車に足部をひかれ重傷を負った後命を失いました。

 函谷鉾町では臼井家の菩提寺であった龍源寺で葬儀を営み、墓を建て、その後も手厚い補償をした他 大正十年(1921)には五十回忌、昭和四十六年(1971)には百回忌を勤めました。

gazou 02.jpg忘れられない事故として函谷鉾町の三大行事のひとつと定め、毎年七月初旬「故人を弔い、山鉾巡行の無事を願い」龍源寺への墓参を続けています。 

本年も七月三日に役員三名にて龍源寺へ墓参しました。

 

 

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