囃子方と祇園囃子

◆祇園囃子は神様とともに

 祇園祭に鉾の上で奏でられる祇園囃子は室町時代末期に能楽の影響のもとに成立し、江戸時代に今のような優雅な囃子に洗練されました。

01.祇園囃子は神様とともに.jpg 「コンチキチン」の祇園囃子は「神様もよろこび、人もよろこぶ。それが囃子」とされ、祇園祭、とりわけ鉾にとってはなくてはならないもので、鉾が進行するときには必ず祇園囃子が囃されます。

◆函谷鉾の囃子

 祇園囃子は各鉾、曳き山、傘鉾の特徴があり、函谷鉾は大型造りで男性的な貫禄を具え、ゴブラン織の前掛と文字見送の豪快な容姿で、囃子は重厚かつスピーディなリズム感で華やかさと明るさがあるとされています。

◆囃子方

鉾上で祇園囃子を演奏する者たちが囃子方と呼ばれる。普通、小学校入学の学齢期に入会し鉦方として成年期までに囃子の基本である鉦の技術を習得する。 02.囃子方.jpg 成年に達し人柄、技術を認められると太鼓方、または笛方となる。函谷鉾では一度太鼓あるいは笛の道に入ると、生涯その道に励むこととして太鼓から笛、あるいは笛から太鼓へ移ることは練習を含めて認められない。
函谷鉾には現在七十余名の囃子方が在籍しているが小学一年生から七十歳代までの集団の中で囃子技術だけでなく礼儀作法やマナーなどが身に付けられる。

◆嘉多丸会

昭和四十一年(一九六六)財団法人函谷鉾保存会の創立とともに囃子方の会が発足。函谷鉾稚児の御名を頂き「嘉多丸会」とした。嘉多丸会の発足により七月の祭礼時のみに顔を揃えた囃子方も八、十二、一月を除く毎月第三土曜の練習会を開催することで囃子技術の向上とともに人間関係も緊密になり急な出張囃子にも対応しやすくなった。また、会員の中から若干名が保存会理事会より執行委員の委嘱を受け、祭典の維持継承の一端を担っている。

◆囃子の道具

祇園囃子は「コンチキチン」の鉦の音色が特徴的であるが、リズムを刻む鉦、メロディーを奏でる笛、テンポを司る太鼓の三楽器で構成される。

03.鉦.jpg鉦は直径二十センチメートル側面六センチメートルの青銅合金製で、銅と錫の割り合いや分厚さの兼ね合いもあり各鉾それぞれに音色が違う。鉦の凹面の底を打つといわゆる「コン」である。凹面の下縁を振り下ろして打ち、そのまま振り上げ凹面の上縁を打って上方へ振り抜き、続いて凹面の下縁を振り下ろして「チキチン」である。04.鉦すり.jpg鉦を打つバチは「鉦すり」と呼ばれ、柄は長さ約三十三センチメートル、厚さ五ミリメートルの鯨のひげ製であったが、近年、「鯨のひげ」の入手不足から樹脂製の柄を使用している。「鉦すり」の頭は三十三ミリメートル厚さ十七ミリメートルの鹿の角製であるが、固さと大きさの具合から角の根の部分を使用するため、近年はエゾシカの角を使用している。個人持ちであるが七千円~一万円と高価であり、力強く連打することもあって柄の折損、頭の割れなど破損しやすく、二~三本づつ予備を持つのが普通である。

05.能管.jpg唯一の旋律楽器の笛は七つ穴の能管で二十万円から三十万円のものが多く使われているが個人持ちである。 昭和初期まで笛方は笛専門の奏者が日当を得て囃子に参加していたが第二次大戦前後からは鉦方からの希望者を養成している。

太鼓

06.太鼓.jpg太鼓は能や歌舞伎で使われる締太鼓で胴の直径二十六センチメートル、高さ十四センチメートル、皮の直径三十五センチメートルで牛の皮と欅の胴を朱橙に染めた麻紐(調べという)で締め上げる。檜の二本のバチで打ち、函谷鉾では打つ側の皮の中心に皮の保護と音の調整のため直径六センチメートルの鹿皮を貼っている。締め上げるのに力が要り、担当する若手の手のひらにはマメが絶えない。